生物と、無生物。
その違いを分けているものは一体何なのでしょうか?
犬や猫は生物、それは当然。
細菌はどうでしょうか。DNAを持っているから生き物かも。
じゃあ、ウイルスは?DNAはあるけれど、自分では増えることはできない、不思議な存在です。
う~ん・・・。
本日紹介するのは、そんな生命活動をめぐる疑問を解き明かそうとした一冊です。
新書大賞にも選ばれた、医学ミステリの傑作を紹介します。
もくじ
「生物と無生物のあいだ」はどんな本?
本書の著者は、福岡伸一さん。
京都大学を卒業し、現在は青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学の客員研究者として生物学を研究されている方です。
本書の目的は冒頭でも紹介した通り、「生物と無生物を区別するものは何か」という問いを解決すること。
ウイルスの発見に始まり、DNAの存在の解明、タンパク質・・・。
生物を構成する事象をめぐる研究と、発見のドラマを取り上げながら、生命の正体に迫ります。
過去の研究の成果を取り上げるだけでなく、ミステリーのような体裁を取っていることが特徴です。
生命の神秘が明らかになる過程にドキドキする!
私たちの体は、絶えず入れ替わる分子でできている!
さて、本書の核心となる部分を紹介させていただきます。
生物と無生物を隔てているもの、それは
「動的平衡であるかどうか」
です。
いや・・・ちょっと・・・意味がわからないです・・・。
最初に読んだ時は、頭にハテナマークが飛び回りました。
たぶんこういうことだろうな、と自分の中では納得ができたので、解説します(間違ってたらゴメン)。
私たちの体を構成する最小の物質は、原子です。
原子は当然目に見えません。どれぐらい小さいかというと、大きさは1~2オングストローム程度。
1オングストロームは、1メートルの百億分の一の大きさです。
小さすぎて全然想像できない。
この原子が複数寄り集まってできたものが分子と呼ばれます。
さて、本書の中で紹介されている実験によって、生物を構成する分子は、生命のいとなみの中で絶えず生まれ変わっていることが明らかになりました。
私たちの体を構成する分子は、ランダムに動き、振動する性質があります。
みんな好き勝手に動くから、そのままではヒトの形を維持できません。
鼻を構成する分子が移動して、突然鼻が無くなったりしたら大変です。
そのため生物には、ランダムな分子の移動によって体の構造に変調が起きる前に、全ての分子をそっくりそのまま入れ替えてしまう生命維持システムがあるのです。
体の筋肉や臓器は、全てアミノ酸が寄り集まったタンパク質によって構成されていますが、そのアミノ酸は分解と合成を繰り返しています(当然アミノ酸を構成するのも分子です)。
絶えず分子が移動して(動いて)、古いものを捨て、新しいものに置き換え、ある一定の形を維持すること。
これが、動的平衡(Dynamic equilibrium)です。
生命とは、流れゆく分子の淀みが絶えず繰り返されている存在のことである。
今までとは違う生命観を提唱してくれています。
半年~一年もすると、私たちの髪や爪はもちろん、臓器や組織を構成する分子も、別のものに入れ替わります。
見た目は変わらないかもしれませんが、構造的には別人とも言えるでしょう。
哲学的な視点で考えると、構成する分子がそっくり入れ替わった自分は、1年前の自分と同じ存在なのか、というなんだか小難しい思考に至ります。この思考を小説の中に組み込んだのが、「教団X(中村文則)」です。
【教団X】この世界を生ききる気力をくれる、激ヤバ小説
生物を機械的に取り扱うことは可能なのか?
さて、本書の最終章では、著者である福岡さん自身の研究についての話になります。
福岡さんが研究していた内容は、細胞の中でタンパク質が合成され、それが細胞の外部に放出されるメカニズムでした。
タンパク質は、細胞の中にある小さな丸い風船(小胞体)の中で合成されます。
風船が細胞の中を移動して、細胞の壁にくっつくと、中のタンパク質が細胞の外に出ていくのです。
不思議!!
しかし、「生物と無生物のあいだ」は、このメカニズムの解析が失敗するところで終わっています。
著者の福岡さんが研究の中で気づいたこととは、何だったのでしょうか?
結局、私たちが明らかにできたことは、生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性だったのである。
「生物と無生物のあいだ(福岡伸一 著)」講談社現代新書ーp272より引用
福岡さんは、細胞の中にある物質の働きを解明するため、その物質を作る遺伝子を持たないマウスを作り出しました。
仮説が正しければ、そのマウスはタンパク合成の過程で異常が起き、生命活動を維持できなくなるはずです。
しかし、DNAを完全に欠損させても、生まれてくるのは健康なマウスばかり。
その物質は、生命活動に何の影響も与えないのでしょうか?
福岡さんは、この現象を「生命の持つ代替機能が働いたため」ではないかと解説されています。
遺伝子を完全に欠損させた状態であっても、生物はその遺伝子がつかさどる部位を正常に機能させるため、別のメカニズムを用意しているのです。
まるで、緊急時のバックアップを用意するプログラマーみたい!
遺伝子の一部だけ、欠損させた状態にすると、健康ではないマウスが誕生します。
生命のメカニズムは、自身の体を作り上げるとき、完全な遺伝子の欠損には対応できますが、一部だけが欠損している状態に対しては緊急時プログラムは働かないのです。
ここで今、見えていることは、生命という動的平衡が、GP2の欠落を、ある時点以降、見事に埋め合わせた結果なのだ。正常さは、欠落に対するさまざまな応答と連鎖、つまりリアクションの帰趨によって作り出された別の平衡としてここにあるのだ。
生物と無生物のあいだ(福岡伸一 著)」講談社現代新書ーp271より引用
なんだか難しいですが、ここで働いているのも動的平衡です。
構造的に不完全な生命を作り上げないように、ぽっかり空いた穴を埋めるかのごとく、分子が流れ、定着し、新たな平衡を作り出す。
そうして、見えない合成と分解によって私たちの体は維持されています。
この本で学べること
「生物と無生物のあいだ」を読めば、生命という一つの芸術作品を維持するため、なんとも不思議なメカニズムが用意されていることに気づけます。
同時に、こんなに美しい生命の世界を、全て解明することなんてできないのではないか?という、なんとも物悲しい気持ちも呼び起こされました。
「生物と無生物のあいだ」は、「生命とは何か」という普遍的な問いに、新たな視点をもたらしてくれます。
勿論、全ての生命に完全なバックアップが働くわけではありません。
先天的に疾患を持って生まれてくる人も当然います。
もしかしたら、先天的な疾患を持つ人は、本当はもっとひどい状態で生まれてくるはずだったものを、バックアップ機能によって、生命を維持できる状態に入れ替わった結果なのかもしれないのです。
生物が自らの命を維持しようとするためのメカニズムは必ず存在しており、私たちの体が持つ「生きよう」とするパワーの偉大さを学べます。
知的好奇心が、超!!刺激される一冊です。
生命の世界に飛び立ちたい人はぜひ読んでみて下さい!