『最近、ちゃんと食べてない。』と感じることってありませんか。
食事の量ではなく、本当に自分が好きなものを食べることができていない、という意味です。
料理することは嫌いではありませんが、仕事が忙しいと、どうしてもおざなりになってしまいます。
コンビニ弁当を買ったり、総菜で済ませたり。
しかし同時に、『料理できないなんて女性らしくないな。ちゃんと料理をしないといけないのにな。』と自分自身を責める気持ちが湧いてきます。
もっとちゃんとしないといけないのにな・・・。
食と生活の満足度は密接に関連しています。しかし実際には、忙しい日々の中で周囲に合わせるのに必死で、生活のことは二の次になってしまいがちです。
そんな状態ではつまらない!と、食の楽しさを再確認させてくれた小説があります。
本日紹介するのは、柚木麻子『BUTTER(新潮文庫)』。
”殺人事件”と”食”という二つの要素がバターのように溶けあい、胸を打つ傑作長編に仕上がっています。
この記事では、柚木麻子『BUTTER』の感想について熱く語っていきます
もくじ
『BUTTER(新潮文庫)』柚木麻子(著)の基本情報
タイトル | BUTTER(バター) |
著者 | 柚木 麻子(ゆずき あさこ) |
出版社 | 新潮社 |
出版年 | 2017/4/21 |
男たちの財産を奪い、殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子(カジマナ)。若くも美しくもない彼女がなぜ――。週刊誌記者の町田里佳は親友の伶子の助言をもとに梶井の面会を取り付ける。フェミニストとマーガリンを嫌悪する梶井は、里佳にあることを命じる。その日以来、欲望に忠実な梶井の言動に触れるたび、里佳の内面も外見も変貌し、伶子や恋人の誠らの運命をも変えてゆく。各紙誌絶賛の社会派長編。(解説・山本一力)
Amazon 内容紹介より抜粋
小説のモデルとなった、『首都圏連続不審死事件』
さて、この小説は上記の内容紹介の通り、主人公で新聞記者の『町田里佳(まちだりか)』が殺人犯の『梶井真奈子(かじいまなこ)』と出会うことから始まります。
梶井は、当時交際していた男性3人を次々と殺害し、金銭を奪った疑いで投獄されました。
この事件のモデルとなったのが、木嶋 佳苗の『首都圏連続不審死事件』です。
2009年ごろの事件で、覚えている人もいるのでは?
女性が複数の愛人を殺した、というセンセーショナルな内容で、世のワイドショーを席捲していたこの事件。
犯人とされる木嶋佳苗の個性的な人柄もあって、私は非常に印象に残っています。
詳細な事件の内容は、首都圏連続不審死事件のwikipediaをご覧ください。
現実の犯罪を下敷きにしつつ、そこに美食のエッセンスを加えることで、物語としての魅力を完成させたのがBUTTERという小説です。
とにかく料理の描写が上手い。犯罪の不審さと、料理の美味しさの融合
BUTTERの作者である柚木麻子さん。この方は本当に、料理の描写が上手い作家さんだと思います。
殺人犯とされる梶井に、里佳が最初に教えられたのが『バター醬油卵かけごはん』。
それも、ただのバターではなく、高級バターであるエシレバターを使用して作るバターご飯です。
里佳の喉の奥から不思議な風が漏れた。冷たいバターがまず口の天井にひやりとぶつかったのだ。炊きたてのご飯とのコントラストは質感、温度ともにくっきりとしていた。冷たいバターが歯に触れる。柔らかく、歯の付け根にまでしんとしみいるようなそんな嚙み心地である。やがて、彼女の言った通り、溶けたバターが飯粒の間からあふれ出した。それは黄金色としか表現しようのない味わいだった。黄金色に輝く、信じられないほどコクのある、かすかに香ばしい豊かな波がご飯に絡みつき、里佳の身体を彼方へと押し流していく。
BUTTER (新潮文庫) p42より抜粋
うまそおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!
まさに読む飯テロ。間違いなくおいしいと感じさせる、濃厚な味の描写です。
この小説では食事が出るたびにこんな調子で進んでいきます。
そのどれもが美味しそうで、こんなに美味しく料理を食べたことが最近あっただろうか・・・。と思わされました。
振り返ってみると、忙しさにかまけて、料理を味わうというよりは、ただ作業的にモノを口に入れているだけのような気がします。
だがしかし、メニューを教え、食べるよう指示するのは、男性3人を殺した犯罪者。
梶井は、本当に信頼できるのかー?
料理の描写が精彩だからこそ、梶井の得体の知れなさと、不審さが際立つ構造になっているのが見事です。
そして、梶井の考えと食事に触れるうちに、主人公の里佳の身体と意識に変化が訪れます。やがて、周囲の人々にも影響を及ぼし始め・・・
その結末は、ぜひご覧になって頂きたいです。
自分自身の基準を大切にして生きている人は魅力的である。
冒頭の話に戻りますが、仕事が忙しくなるたびに、年々食事というものを疎かにしている気がします。
たとえ食事ができなくても、自分がそのことを納得できていればよいのですが、どうにも自己嫌悪がつきまとう。
料理できないなんて、女性としてどうなんだ・・・。
古来から料理は女性の仕事とされてきました。
しかし、男女平等が叫ばれ、女性の仕事の負担が重くなる昨今で、昔のように家事をこなすことは非常に難しいと思っています。
それなのに、
- 料理ができないのは女らしくない
- 太っている女性は努力していない、自己管理できていない
という、誰かが決めた『こうあらねば』という基準だけが残っていて、それに振り回されている気がするのです。
ただ単に、他人から変に思われないためだけに、誰かの基準を守っているような・・・。
主人公の里佳も、そんな女性の一人です。
家庭的な専業主婦の友人や、梶井と自分を比較しながらも、仕事の中で自分の居場所を確保するために、毎日の生活をおざなりにしながらも走り続けています。
「家庭的ってそもそもなんなんでしょうか。家庭的な味とか家庭的な女性とか」
(中略)
「これだけ家族の形が多様化している現代で、そんなのもう、なんの実態もないものです。そんな形のないイメージに振り回され、男も女もプレッシャーで苦しめられている。実はこの事件の本質はそこにあるような気がします」
BUTTER(新潮文庫) p550より抜粋
自分自身のために、生きていける人は素敵だと思う。
女性らしくないから、料理ができないことは恥ずかしいことである。なんて、今の世の中では通用しないのに、過去の基準に振り回されているだけだと思います。
それよりも、自分の食べたいもの・自分の基準をよく理解して、自分が本当に好きなものを食べて、自分自身の心を満たしている人の方がよっぽど素敵です。
「別にどれか一つで満腹にならなくてもいいし、なにもかも人並みのレベルを目指さなくてもいいのにね。自分にとっての適量をそれぞれ楽しんで、人生トータルで満足できたら、それで十分なのにね。煙草だって食後に一本ぐらい楽しんでもいいし、ちょっと太っちゃっても周囲が騒ぐほどのことじゃないよ。私の言っていることって、怠け者って怒られちゃうのかな。」
BUTTER(新潮文庫) p102より抜粋
義務感に囚われて料理をするのではなく、自分の生活を彩るために料理を活用する。
そんなフラットな状態で入れる人は、魅力的であるー。シンプルですが、そんな気持ちになれる一冊でした。
BUTTERは、対照的な女性たちの生きざまを通じて、女性の生き方を問う、そんな小説です。毎日の生活に彩りが無いと思っている方におすすめだと思っています。
エシレバター、食べてみた
さて、先ほどのバター醤油卵かけごはんの紹介でも出てきた、高級バターのエシレバター。
小説を読んであまりにも気になったので、買ってきました。
なんと、50gで657円。高い。高すぎます。
小説の通りに、炊き立てのごはんにバターをのせ、しょうゆを垂らして食べると・・・・。
うまああああああああああああああああ
もはやシンプルにうまい。
バターは年々高くなるので、なるべく安いものを・・・と選んで買っていました。しかし、そんな考えが吹っ飛ぶほどのおいしさ。
バター一つで、こんなにも味が変わるんだなぁと実感しました。